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天然には存在しない何らかの人工的な系を作るというのは、人間を人間たらし めている活動の重要な部分を占めている。そのような系は当然だが人間が活用 するために作られる。系を作るのに必要な技術を系を使いたい人が持っている のであれば、その系は使いたい人が自分自身で作ればよいし、言われなくても 誰でもそうする。自分の手でつくれるものをわざわざ他人に頼んだりしない。
しかし、自分が望んでいる系を作る技術を自分自身が持っていないのであれば、 方法は二つで、その技術を持っている人から学んで自分のものにするか、他人 に頼んでその技術を行使してもらう。どちらにしても他人に何らかの労を頼む ので代償として財を交換する事になる。つまり、これらが工学者(技術を教え る)と技術者(技術を行使する)のお仕事なわけである。取り合えず、ここでは 技術者について考えることにする。
さて、技術者が技術を行使するというのは、舞台で芸をするのとは違う。芸を するのであればお客がどんな芸をするかを指定したりしない。芸として提供す るものは事前におおまかに提示しておいて、お客をそれに興味を持つかどうか でその芸を「購入」するかどうかを判断する。また、行使される芸を個々のお 客に合わせたりはしません。
技術者が技術を行使するのは、個々のお客からの個々の依頼に対して自らの技 術を個別に行使する。お客は技術者が、お客のが望む系を作るのに必要な技術 を持っていること示す看板を信頼して仕事を「購入」する。
ここで言っている技術者のことを大工さんとかの「ガテンな(古い...)」な人 達のことだと勘違いしないでください。大手メーカで大量生産の機械を作る場 合にも適用される話です。ただし、非常に複雑な様相をもつことになりますが。 メーカは個々のお客から直接依頼されて製品を作っている分けではないですが、 お客からすれば依頼して作ってもらったのと等価な系を入手したいと思ってい るわけです。ただ、個々に依頼するとコスト(自分の手間、製造費用) がかか るので大量生産品で我慢しているだけです。また、メーカは、メーカの社員の 技術者に対して、製品を開発製造するのに必要な技術をもっているから給料を 払っているのです。昔はダメな技術者をのんきに教育していましたが、今はだ めな技術者は交換して捨てられるだけです。
芸人にとっての技術は高度で誰も真似が出来ないのであれば、価値が高まりま す。しかし、技術者にとっての技術はそれだけでは何の意味もありません。な ぜなら、お客が望んでいる技術を提供できなければならないからです。どんな に高度な技術を活用したところで、お客が抱えている問題を解消できないので あれば意味が有りません。
また、芸人にとっては個性というのは価値です。しかし、技術者にとっては中 途半端な個性は役に立たないどころか害ですらあります。お客の要望と違う技 術を提供しておいて、それを自分の個性だと主張することはできません。お客 の要望をしっかり実現した上で、技術者の個性をさらに上乗せさせると喜ばれ ます(お金を払ってくれるとは限らないが、すくなくとも、リピーターにはなっ てもらえるかもしれない)。
現代の技術者のイロハのイは、高度な技術を身に付けることではなく、お客様 の要望を理解することができるようになることです。今は高度経済成長時代で はありません。高度経済成長時代には、消費者はお金を余分に持っていたので、 自分に本当に必要な機能や性能ではなくても、技術者の自己満足のために無駄 な技術がつぎこまれた製品にも余分なお金を払って買ってくれました。しかし、 今の消費者はお金がないし、しっかり勉強していますので、自分にとって役に 立たないものにはお金を払いません。
情報システムというのは、それを使う個々の人たちを包含したシステムです。 つまり、使う人が違えばシステムの別なのです。ここで言う情報システムと言 うのは、ワードプロセッサや表計算などの小さなものではなく、企業や組織を 運営していく上でその基盤となるような重要な情報をやりとりするようなシス テムの事を言っています。
情報システムを構築する上で、関係するたくさんの人達の間でのコミュニケー ションが非常に重要です。何と言ってもお客様とのコミュニケーションが重要 ですが、開発する側にも沢山の種類の人々が絡んでいます。実際にお客の所に 行ってコンピュータをセットアップする人達、お客さんからのクレームに応対 する人達、お客さんや官僚を高級クラブで接待する人達、実際にコードを書か せる外注さん。沢山の人の力が集まって情報システムはやっと出来上がるので す。
これらの人達は皆、考えている事が違います。持っている知識が違います。仕 事の目的が違います。もし、リーダーが全ての職種をこなせる幅広い能力をもっ ているのであれば、リーダー一人で仕事を仕切っていけるでしょうが、そんな 人は滅多にお目にかかれません。また、それぞれの職種の人は自分たちだけで 仕事ができるわけではありません。例えば、コンピュータをセットアップする 人達(フィールドエンジニアとかフィールドサポートと呼ばれる人達ですね)に、 行きなりソースコードを渡して「現場に行ってコンパイルしてインストールし ろ」とは言えません。かと言って、開発する側が、お客のオフィスのどの部屋 にどのマシンを設置して誰が使うか、なんて把握してはいられません。
異なる職種の人達が協調して仕事をして行く上で、共通の部分と個別の部分を 分けて考えなければなりません。全く共通の部分がなかったらプロジェクトは どっちに進んでよいか分かりませんし、全員が細かいところまで全てを把握し ていいる必要が有るとしたらとてもじゃないですがプロジェクトが動きません。
プロジェクトを進めていく上で皆が共有しなければならないことを皆がわかる 言葉で、わかりやすく整理する必要があります。つまり「絵」を書く必要があ るということです。あんまり専門的ことが書かれた絵(=図面)はその専門家し かわかりません。ある程度誰でもわかる簡易なものが必要です。
建築や機械の世界では模型を作ることにより、プロジェクトがどんな物を作ろ うとしているかについて共通の理解を確立しようというやりかたを昔からして 来ました。模型は「絵」よりはずっとましです。何しろ3次元ですから。
ところで、情報システムのプロジェクトでは素直には行きません。模型は何次 元でつくれば良いのでしょうか?1次元では寂しいし3次元にするとコピーを とったり FAX で送れないので2次元でつくります。絵のスケールは何分の1 にすればよいでしょうか?1/72にしますか?。絵にはスケールもありません。
結局、箱と円と線と矢印で構成された図が書かれることになります。でも、箱 は円は何をいみするのでしょうか?線の矢印の有無や方向の意味は?
所で建物や車において開発前のつくられる模型では素材や構造は開発するもの とは全く違います。しかし、例えば営業さんから見れば「これば素晴らしい造 形だ。絶対に売れるぞ」と思うかもしれませんし、ボディープレスラインの技 術者はその内部構造を想像して「誰だよ、こんな面倒な形にしたのは、いまの プレスマシンじゃ形成できないじゃないか」と思うかもしれません。つまり、 形状をみてその意味を即座に想像できます。
しかし、情報システムでは図形や線ですからそんな想像をするには相当な想像 力がいりますし、同じ職種の人でも全然違う想像をしてしまうかもしれません。 そこで、図形や線の意味(ルール)をきめなければならなくなります。これは、 建物や機械の模型をつくるのとは根本的な違いです。本来、形状のないものに 形状を当てはめるわけですから。